ドキュメント3.11~後編
前編からのつづき…
「歩く…」と簡単に言いましたが、当然のことながら横浜駅から自宅まで歩いたことはありません。しかも既に関内から歩き続けているのでその分の疲労もありとても自宅まで歩ける自信がありません。なので歩ける範囲でビジネスホテルでも探しつつ最悪そこに泊まろう…という方針に切り替え、とりあえず無理しない範囲…でというゆるい目標設定にしてとりあえず歩くことにしました。
まずは西口を出てヨドバシ横浜の前を通りました。当然ヨドバシもシャッターが降りて休業していました。まあこんな事態なのに買い物をしようとする気は起こりませんが…。
鶴屋町3丁目の交差点が見えてまず目に飛び込んだのは、いつもはクルマを運転している時に参考にする青い方面看板。そこには国道16号の標識マークと「鶴ヶ峰・相模原方面」という文字が…。前編でも書いた通りiモードが使えないため携帯のGPS機能も一切使えず、頼れるのはこの方面看板だけ…という状態で国道16号を延々と歩いてみようと思いました。どのくらいの時間が掛かるか見当すら付きませんが、ある意味「試練」だと思うことにしました。
しばらく歩いているといつの間にか周りにも同じように歩いている人が居ることに気が付きました。その数は時間が経つ毎に増えてきて気が付くと多くの徒歩帰宅者に囲まれるほどにもなり、顔も名前も知らないがちょっとした仲間意識に近いモノを感じました。さらに沿道ではガソリンスタンドが飲み水を提供してくれたり、小料理屋がトイレを開放してくれたりなど、徒歩帰宅者に配慮してくれたお店が多いことにありがたさを感じました。
相鉄線天王町付近の洪福寺交差点で右折し、ようやく国道16号(八王子街道)に入りました。ただ16号といっても相模原市中心部でよく見る広い道路ではなく、どちらかというと八王子市内の旧16号に近い感じの道路でした。逆にそれが交通渋滞を引き起こしている要因でもあったようでした。なおこの道路は鶴ヶ峰あたりまでは相鉄本線とほぼ並行しているので、もし歩いている途中で相鉄が運転再開すれば最寄り駅から乗っていけるかな…とも考えました。途中上星川駅に一旦立ち寄りましたが、やはり運転再開はされていませんでした。
沿道の途中にはいわゆる街の電気屋があって、展示してあった3台のテレビにそれぞれ別々の放送局のニュースを流して徒歩帰宅者にニュースを提供してくれていました。こういう心遣いは本当にありがたいし、歩く上でやる気をもらえたりもします。たまたまその時は交通機関の全面見合わせで渋谷駅で足止めされた方々のニュースをやっていましたが、それと比べると今回こうして帰れるだけマシなのかな…と思い、気分を新たに再度歩くことにしました。他に沿道のコンビニやファミリーレストランの多くは営業していたため、仮に空腹になっても食べ物に困るということはありませんでした。そのうち1件のコンビニに立ち寄りましたが、そこでは弁当や総菜の類は売り切れて一切無く、その棚がガランとしていたのが印象的でした(飲料はありました)。また中には停電で営業自体していなかったコンビニも見かけました。
国道16号とはいえ決して通り慣れた道では無いため時間が経って暗くなると、地図を持っていないため今どの辺を歩いているのか、あとどのくらい歩けばどの辺りまで行けるのか…といったことがさっぱり分かりません。相変わらず携帯のGPSも使えず、やはり携帯に頼り切っているとこうなるんだなあ…ということを思い知らされました。今回得た教訓として、携帯のGPS機能が使えなくなることを想定して外出の際は必ず紙の地図を鞄に忍ばせておこう…と強く思いました。
今まで多くいた徒歩帰宅者もコースを進むにつれだんだんと少なくなり、鶴ヶ峰を過ぎる頃にはほとんど居なくなりました。それでも歩いている人はゼロではないので、ウオーキング目的の方でなければおそらくワタクシと同様に相模原方面に向かっている仲間なのだと思いました。
途中水分を取ったり、コンビニでトイレを借りたり、さらに腰を掛けてワンセグでニュースを観たりなどを繰り返して約4時間くらいで一つの区切りでもある保土ヶ谷バイパスと交差する上川井交差点にたどり着きました。この辺りはクルマでは通ったことはありますが徒歩ではもちろん初めてです。ただここまでのコースを振り返ると思ったほど苦しいところは無く、多少のアップダウンはあったものの意外と歩きやすかったというのが印象でした。だからと言ってもう一度歩きたいとは思いませんが、天候的にも雨や雪でなかっただけでも良かったと思います。
上川井交差点からは今度は長めの上り坂となり、さすがにこの辺りになるとだんだん歩くのがきつくなってきました。左足が筋肉痛状態になり、横浜駅を出た時点と比べても自分でも分かるくらい歩くペースが落ちています。ようやく上り坂が終わったと思ったら今度は東名横浜町田インターと接続していることもあって複数の車道をオーバークロスするため歩道は今まで以上にアップダウンがきつく、その箇所も複数あります。アップはまだよいのですが、ダウンは歩くときに先に体重が前にかかるのでアップ以上にきつく感じます。気がつくと歩道から東名横浜町田インターの出口が見えてきましたが、そう言えばインターの出口をクルマでなく歩行者の立場で見るのは初めてでした。もう二度と見たくないですが…(笑)。休憩の頻度も多くなり、そう言えばいつの間にかビジネスホテルを探すことも忘れてしまいました。ただこの辺りは場所柄、違う種類のホテルはあるのですが…(笑)。
そして国道246号と交差する東名入口交差点で疲れはピークに達し、「さすがにもう自宅までは歩けない。歩くのはあきらめて翌朝までこの辺りで過ごすしかないか…」と考えるようになりました。近くには大型のホームセンターもあり、ここに夜明けまで身を寄せようか…とも考えました。するとたまたま目の前に煌々と明かりがついている小さな建物を見つけました。何だろうと思い近づいてみるとそれは東急田園都市線の南町田駅でした。つまり駅があるということはタクシーが出ているかも知れないと思い、こうなったらお金はかかってもいいからタクシーで帰ろう…と思いました。ちなみに同駅はグランベリーモールなどの商業施設がランドマークですが、私が行ったのは国道16号に近い北口の方で、残念ながらタクシーは見つけられませんでした。もはや気力も体力も使い果たし落胆していると、放送で「まもなく田園都市線は運転再開の見込みです…」とまるで神のお告げにも近いアナウンスが聞こえました。とりあえず電車に乗って長津田まで出れば横浜線は無理でもタクシーには乗れるだろう…と思い、重い足を引きずって南町田駅から電車に乗ることにしました、今さらですがやっぱり電車は快適ですね。
長津田に到着し、そのまま南口のタクシー乗り場へ。だが当然ながら乗り場には長蛇の列。ですがもう歩く気力を失っているワタクシはもうタクシーしか頼るモノがありません。しかしこの乗り場はハナからタクシーの配車が少ないらしく、乗り場の整理をしていた係員も同じ方向へ向かう人が居れば複数人で1台をシェアして欲しいとのことでした。そして2時間位待ってようやくタクシーに乗れました。もちろんシェアも快く引き受け、ワタクシ以外には古淵付近と淵野辺付近に向かう3人の計4人でタクシーに乗りました。当然一番遠いワタクシが最後まで乗ることになりました。ドライバーはとても気さくな方で、さっきも八王子まで客を乗せたが、その帰りの16号線は停電で信号が稼働しておらず、なかなか先に進まず歯がゆい思いをしたと話してくれました。ワタクシが乗った時点ではもうそんなことは無かったのですが、ワタクシの知らないところで相模原市内は停電に見舞われていたようですね。
シェアした人たちを一人ずつ降ろして午前1時過ぎにようやく自宅付近に到着。料金は8,000円弱でしたが、シェアで遠回りしたので8,000円でいいよと言われたのでお言葉に甘えました。○和交通さん感謝です。8,000円は痛いですが、翌朝の始発まで待つくらいなら払っても惜しくありませんでした。これで関内からの長い旅もようやく終わりました。
ちなみにその後2日間は筋肉痛に悩まされましたが、3日経った今日はもう痛みは無くなりました。まだまだ若いですね…(と、自分に言い聞かせる…(笑))。
最後に、この日の歩数計の計測結果は43075歩。もちろん自宅を出てからの歩数ですが、1日の計測では過去最高記録です。
クリックすると拡大します。
しかもこんなコメントまで出ました。確かに特殊です。
クリックすると拡大します。
今回の東北地方太平洋沖地震では多くの地域で甚大な災害に見舞われました。被害に遭われた方に心からお見舞い申し上げます。
« ドキュメント3.11~前編 | トップページ | 【節電】 »
「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事
- 連休後半戦は飲み&カラオケ…しか特筆することがない…(2012.05.06)
- 映画けいおん!(Blu-ray Disc 初回限定版)予約完了 (2012.05.05)
- 連休前半戦はPCアップグレード…(2012.04.30)
- 映画「けいおん!」スクールカレンダー公開について(2012.04.01)
- Pontaに入会(2012.02.25)
コメント
トラックバック
この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/58019/51116440
この記事へのトラックバック一覧です: ドキュメント3.11~後編:




このたびはご心配をおかけしました。ようやく当日の報告が出来ました。
指導教官様の安否が心配ですね。ただ被災地も情報が錯綜しているようなので、やはり待つというのも大切だと思います。
投稿: きよお | 2011年3月16日 (水) 22:20
発生当日何も返信がなかったので、まさかと思っていましたが、お疲れ様でした。
災害が起こるなどとは予想できるわけではありませんから、致し方ないのでしょうが、大変でしたね。被災された方々から見れば、帰りつけたのですから、まだ幸いです。
東北、特に岩手・宮城・福島、茨城で被災された皆さんには、平穏な日々が早く戻ることをお祈り申し上げます。
私事ですが、短大時代の卒論の指導教官と未だ音信不通です(仙台市太白区在住)。
ご親戚やご親類が被災地域にお住まいで、連絡がつかないという皆様は多いと思いますが、もうしばらく待ちましょう。過剰な通信が更なる通信麻痺を起しているそうです。お気持ちはわかりますが、辛抱して待ちましょう。
投稿: miluku | 2011年3月15日 (火) 17:22